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オリンピック・パラリンピック冬季競技大会が、平成10年(1998)に長野市で開催されることが決まると、街は急に動き始めました。永年の念願であった高速道路や新幹線、巨大な競技施設や関連道路が急ピッチで整備されました。長野市の中心である大門町からJR長野駅までの中央通りにおいても、平成2年から電線地中化工事が着手されました。 そうした動きに並行して平成4年8月、善光寺・元善町・大門町上の三者による「善光寺街づくり会議」が発足しました。その設立主旨は、大変革の時を迎えた長野市において約1300年の歴史を持つ善光寺を中心とした環境の独自性・特殊性を活かしてアメニティとホスピタリティのある街づくりを推進するということでした。間もなく環境整備についてのビジョンをつくることになり、境内とその周辺の現況を調査して平成6年3月に「善光寺周辺まちづくり基本構想」をまとめました。そして、その内容に沿ってテーマ別に環境整備に向けての活動が始まりました。平成13年からは、独自に活動していた大門町南も加わり、「長野市の顔」づくりは広がりを見せています。 平成8年には、善光寺の前庭と位置付けられた大門町上一帯が公園のような雰囲気のユニークな石畳の街路(都市景観大賞・手づくり郷土賞等受賞)に生まれ変わりました。その最後を飾る二天門跡交差点の信号柱の設置に関しては善光寺街づくり会議での協議が結実しました。平成9年春には「駒返橋」が復元され、両脇の歩道や水路の整備が実現しました。同時に参道の敷石も長野市史跡になりました。オリンピック時にはその通りや境内に世界の人々が溢れました。その他にも仲見世の景観整備や周辺一帯の電線地中化などについても取り組んできましたが、いよいよ行政の支援も受けられることになりました。 善光寺周辺地域の更なるまちづくりが始まりました! 善光寺周辺地域を地域の皆様と一緒に考えてまいります。 年間に600万とも700万とも言われる参拝者で賑わ善光寺。善光寺周辺地域については「長野市の顔」として位置付けられてきました。長野市の総合計画を始め、行政の各種の基本計画・マスタープランの中では、歴史的景観エリアとしても位置付けられております。昨年9月に第2地区の区長会長さん達を始め街づくりを進める方々が塚田前長野市長に、この地区の景観環境整備に関する陳情をいたしました。その中で市長は、「景観等の整備は善光寺周辺地区の大きな課題であり真剣に検討したい。また、電線類の地中化については解決しなければならない問題がいろいろあるが、住民のみなさんに協力をいただきながら検討していきたい。」と返答され、長野市都市開発部まちづくり推進課に検討するよう指示をいたしました。下命を受けたまちづくり推進課は、検討・調査した結果、国土交通省の「街なみ環境整備事業」を取り入れ、整備方針を策定していこうという次第になりました。長野市では、今年度中に方針の策定を行い、次年度から実施に移していくと考えですが、実際には息の長い事業となります。今後の進め方については、善光寺の周辺地域に住む皆様のご助言をいただき、ご協力と仰ぎながら考えてまいります。 善光寺周辺地域まちづくり協議会は、何年にもわたる活動を行っていきますが、このような会報を通じ情報を共有してまいりたいと考えております。